大澤 哲哉 Tetsuya ŌZAWA

大澤 哲哉 Tetsuya ŌZAWA

By IIDAKENTARO

考えすぎず、かたちに委ねる
ものづくりについて語るとき、強い理念や明快なコンセプトをまっすぐ言葉にする人がいます。けれど、大澤 哲哉(おおざわ てつや)さんの話には、作品から受けるのと同じような静謐で柔らかい印象を受けます。それは、自分にできることと、無理なく続けられるカタチを確かめながら、一つひとつ手元の仕事を積み重ねてきた人の言葉です。そこには作家として生きていくことへの誠実さと、器という存在へのまっすぐな眼差しがありました。

1984年、岐阜県多治見市生まれ。名古屋芸術大学美術学部造形科を卒業後、2008年に吉川正道氏に師事し、現在は愛知県常滑市にて制作を続けています。陶芸が身近にある土地で育ち、早い段階から陶芸家という職業を現実のものとして捉えていた大澤さんにとって、いまの道のりはごく自然な流れの延長にあったのかもしれません。

 

 

陶芸は遠い仕事ではなかった
岐阜県多治見市で生まれ育った大澤さんにとって、陶芸は特別遠い世界の話ではなかったといいます。図工の授業のなかに陶芸があり、周囲には陶芸家という仕事で暮らしている大人たちがいた。「小さな頃から、陶芸家という職業に対して妙なリアリティを感じていた」という言葉が印象に残ります。

学校の勉強はあまり得意ではなかった一方で、美術と音楽は好きだった。進路を考えはじめた頃、「どうせ仕事にするなら好きなことがいい」と思い、いくつかの選択肢のなかに自然と陶芸があったといいます。絵描きや音楽も頭をよぎったものの、自分の身近なところで実際にプロの陶芸家がいたことが、その選択に現実味を与えてくれました。

その後、多治見工業高校で陶芸に触れ、大学でも陶芸を専攻し、さらに吉川正道氏のもとへ。常滑へ移った理由もまた明快で、師匠の存在が大きかったと話します。大きな作品を手がけ、陶芸で確かに生きている姿に触れたとき、「この人は本物だ」と感じたといいます。その実感が、自分もまたプロとして生きていきたいという思いにつながっていきました。

 

 

器を通して自分のかたちに出会えた
若い頃は、誰も見たことのないような斬新なフォルムや、いわゆる現代的な表現を志していたこともあったそうです。大学時代から常滑に来てしばらくの期間は、オブジェ的なものや造形としての新しさを追いかけたりもしていました。しかし吉川氏のもとで年月を重ねるなかで、「自分と師匠はまったく違う人間なのだということを、身をもって思い知った」と当時を振り返ります。

同じような方向を目指しても同じ迫力にはならない。師匠の真似事をしてみても、そこに自分の必然はなかった。そうして試行錯誤を続けるなかで、ふと手応えを感じたのが器でした。

誰もが知っている器のかたちであること。使うという用途があらかじめ備わっていること。そして、その制約があるからこそ、かえって自分には合っていたのだと大澤さんは語ります。何かを過剰に主張しなくてもよい。使う人に委ねられる余白があり、自分を前に出しすぎずにいられる。その距離感が、自身の作家性としっくり重なったのです。

 

 

使い方は、つくり手の外側にある
「これは何を盛る器ですか、と聞かれても、あまり具体的なイメージはないんです」

その言葉どおり、大澤さんの器には、使い方を決めつけない独特の軽やかさがあります。器は使う人のものだと考えているからこそ、何をのせるか、どう使うかは受け手に委ねたい。犬のご飯皿でもいいし、ただ置いて眺めてもいい。その自由さも含めて、器と言う存在を捉えているようでした。

一方で、その自由さは作家として無責任に生まれたものではありません。これまで作ってきた形の多くは、お客様とのやりとりのなかで少しずつ整えられてきた結果だといいます。どれくらいの大きさが手に馴染むのか、どんな形が使いやすいのか。自分の作りたいかたちと、使う人にとって自然に馴染むかたち。そのあいだを行き来しながら、意味や価値を見出された器だけが残っていく。積み重ねてきた文脈のうえに、現在の輪郭が形作られているのです。

そうした意味では、大澤さんの作品は強い自己表現というよりも、周囲との関係や影響のなかで熟成されていくスタイルともいえます。作り手ひとりの思想や創造力で完結するのではなく、使い手や市場との接点のなかで、少しずつかたちを見つけていく。その穏やかな姿勢が、器の佇まいからも感じることができます。

 

 

無理をしないことも資質
話を聞いていて印象的だったのは、大澤さんが自分自身の性質をとても冷静に見つめていることでした。自分に厳しくあり続け、強い表現へと突き進むタイプの作家に対する憧れはある。けれど、自分はそこへ無理に寄せていく人間ではないとも、率直に認めています。

師匠のように、「何がなんでもこれを作りたい」という切実な衝動が、自分にはまだうまく言葉にできない。そのことに対する迷いやコンプレックスも感じている一方で、自分にとって無理のないかたちで持続していくことを常に意識しているのです。

その態度は、作家としてはやや控えめにも映ります。けれど、長く続けること、暮らしを成り立たせること、家族の生活を守ることまで含めて陶芸と向き合う姿勢にはプロフェッショナリズムを感じます。作家である前に、職業としての陶芸をまっすぐに見つめている。そのリアルな肌感覚が大澤さんの作品に過度な緊張感を与えず、どこか人懐こい軽やかさに繋がっているのかもしれません。

 

 

それでも、次のかたちを探していく
現在、海外マーケットでひろく作品が受け入れられていることもあり、器だけにとどまらず、より存在感のある作品へと広げていきたいという思いがあります。花器やオブジェのような領域にも関心はあり、「ろくろによって生まれる美しい形を、もっと厳しく、もっと研ぎ澄ませていきたい」という言葉には、新たな可能性を期待させます。

また、言葉で自分の作品を説明しきれないからこそ、制作風景を動画で伝える試みも始めました。何を作っているのかを雄弁に語るのではなく、どのように作っているのかをそのまま見せる。その方法もまた、大澤さんらしい率直さの表れのように思えます。

強い主張を前面に出すのではなく、いまの自分にできることを見極めながら、少しずつ次の場所へと向かっていく。器という親しい存在のなかで培ってきた感覚が、これから別のかたちへどう開かれていくのか。その歩みはまだゆっくりですが、新たな作家性への力強い想いが感じ取れます。

じっくりとお話を伺って感じたのは、大澤さんにとって制作とは、自分を強く押し出すための「表現」だけではなく、他者とのあいだにちょうどよい接点を探していくコミュニケーションでもあるのだということでした。使う人に委ねる余白を残し、マーケットの反応を敏感に察知しながら、緊張感のある関係のなかで育てていくこと。そして、作家として、プロとして無理のないスタイルで続けていくこと。その静かな選択の積み重ねが、大澤さんの器に柔らかさとともに軽やかな緊張感を与えているのです。