中川 周士 Nakagawa Shuji
現代的な木桶作家 中川 周士
日本では古くから生活必需品として親しまれてきた「木桶」。昔は産湯桶から棺桶まで、生涯にわたってお世話になっていた道具が、いまではすっかり使われなくなってしまう。700年も続いた技術がわずか数十年で消えてしまうかもしれなかったわけですから、わたしたちの暮らしは少し立ち止まって考えてみる必要がありそうです。
「中川木工芸 比良工房」の中川 周士さんは伝統的な木桶の手法を守りながら、常に新たな可能性を追求している希有な作家です。伝統工芸の職人であり、京都精華大学で立体造形を専攻して美術を学んだアーティストでもあります。 “美しい道具”としてアップデートされた木桶は、暮らしの知恵が詰まった伝統工芸という枠を超えて、使えるアートとして暮らしに潤いを与えてくれます。
最新作の「YORISHIRO」シリーズは、木桶の技術を活かしつつ、木という素材の魅力を最大限に生かした作品。不思議な佇まいからは自然の力強さや厳しさ、そして崇高な美しさを感じます。
「子供の頃から手を動かすことが好きだったので、実家がものづくりを営んでいるのは幸運でした。でも、厳密な企画と緻密な作業が求められる職人としての自分と、アーティストとしての自分の感性を一緒に育てていきたかった。そこで、修業時代から他の人より早く始めて遅くまで働くことで、なんとか両立を認めてもらいました。そのおかげでアート領域の仲間も増えたし、職人の世界にクリエイティブな要素を取り入れる土壌を作ることができたと思います」
京都から1時間の滋賀県比良岳
「中川木工芸」のルーツは、祖父にあたる中川 亀一(かめいち)さんが京都の老舗桶屋「たる源」に丁稚奉公したのがはじまりです。その腕が評判となり「中川木工芸」として独立しました。
現在は二代目にあたる中川 清司(きよつぐ)さんが継いでいますが、2001年に人間国宝になったため、三代目にあたる周士さんは琵琶湖のほとり、比良山の麓に独立して工房をかまえました。学生時代にワンダーフォーゲル部で訪れた比良山の風景が気に入ったのが、この場所を選んだ理由です。
琵琶湖西方に位置する県を代表する比良岳(ひらだけ)は、古くは万葉集にも登場した名峰です。秋になると山全体が紅葉に染まり、春になると「比良八荒(ひらはっこう)」と呼ばれる独特の季節風が吹きます。
自然の美しさを凝縮した「YORISHIRO」
古来より、我々は神木や岩などに神秘を感じ、神様が宿る場所を依り代としてきました。力強くうねった天然の木には、木桶に使われる柾目とはまた違う美しさを感じます。
「もともと節のある木は木桶として使えないため、薪として燃やして燃料にしていました。しかし、節を活かして繊維に沿って割っていけば、桶と同じように水に強い機能性を保ちながらも全く違う造形美が生まれてくることに気付きます。ありのままの自然ではなく、手を加えることで引き立つ芸術としての美しさ。このバランスを追求していくと、不思議なことに美しさの本質は機能としても理にかなっていることが多いのです」
花の自然な美しさに人間のバランス感覚を添えることで花の魅力を生かすフラワーアレンジメントとおなじように、YORISHIROには暮らしに自然を取り込むことで潤いを与える魅力があります。
From Artist
もともと木桶に使えない節のある木を「格好良いなぁ」と思って集めていました。木桶の技術を使って、真っ直ぐな柾目とはまた違う木の魅力が詰まった花入れになったと思います。真っ直ぐなものは真っ直ぐ、曲がったものはその個性を伸ばして魅力に変える。木を扱う職人として、子供の頃から丸太一本を使い切れる職人になりたいと思っていた思いが結実しました。ぜひ、手に取って木肌の魅力と桶作りの技術をご覧ください。