RYOTA

RYOTA

By IIDAKENTARO

意味を押しつけない表現者
例えば「作品」に強い主張や明快なメッセージを込め、前面に掲げる作家がいるとします。RYOTAさんの作品には、そうしたわかりやすいメッセージの提示とは別の出発点があるように感じられました。意味をつくるのではなく、色と形に触れながら、見た人の内側に何かが立ち上がる余地を残していく。一見すると軽やかで、どこか距離を保った作風にも見えます。けれど実際に話を聞いていると、そのポップな見た目の奥には、簡単には言葉に置き換えられない、深く堅い芯が通っていることに気づかされます。ゲームに没頭した引きこもりの時期、最初の大学への違和感、海外旅行での転機、そして新たな学びとミラノでの制作環境。RYOTAさんの表現は、一直線のキャリアのなかではなく、いくつもの寄り道の先で少しずつ輪郭を持ってきました。


遠回りのなかで見つけた入口

高校卒業後、すぐにアートや芸術などの道へ進んだわけではありません。ゲーム好きが高じてしばらくは引きこもってゲーム三昧、その後にようやく大学へ進学します。けれども最初の大学では楽しみや喜びが見出せず、下北沢で働きながら、自分の居場所のようなものを探していたといいます。転機になったのは、オランダへの海外旅行でした。自分の手で何かをつくりながら生きている人たちに触れたことで、「もっと自分の好きなことをしていいのではないか」と思い至ります。

そして、翌年には慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスでコミュニケーションデザインを学んでいました。クリエイティブの文脈に身を置くなかで、RYOTAさんは逆に「何かのために作る」ということへの違和感を強めていきます。デザインには本来、色や形、動きなどの前に「なぜ」という意味が重要な役割を持ちます。「この“なぜ?”に対する答えを無理矢理作り出している感じが窮屈になってしまった」と、RYOTAさんは当時を振り返ります。美術館で作品の横にある説明文を読んで理解した気になる、その違和感に逆らえなかった。だったらいっそ、意味を先に用意せずに、ただ何かを生み出すことはできないだろうか。そう考えて、あえて“意味のないもの”を作ろうとしたことが、現在の活動の起点になっています。


無意味が、誰かの価値になった瞬間

象徴的なのは、卒業制作として作ったミックスメディアの作品です。廃材や残り物を使い、本人にとってはできるだけ特別な意味を与えないまま展示した小さな作品が、たまたま訪れたドイツの来場者に「お土産にしたい」と買われていきました。「自分にとっては意味がないことに価値があったのに、別の誰かにとってはお金を払う価値のあるものになったことが面白かった」と、RYOTAさん。

現在の作風に通じる“塗る”という行為も、強いコンセプトから生まれたというより、環境のなかで自然に選ばれてきた手法でした。2022年に結婚し、パートナーとともにイタリアへ渡ったRYOTAさんは、ミラノの共同アトリエで制作することになります。その制約のなかでは、周囲に迷惑をかけにくい方法が必要だったことから、現在のように色を重ねていくスタイルが定まっていったといいます。制約に反発するのではなく、柔軟に対応しながら自分の手に馴染む形へと置き換えていくところにも、彼らしさが表れています。


説明しすぎないという重さ

RYOTAさんと会話していて印象的なのは、自分を無理に大きく見せようとしないことです。制作について「何も考えていない」と言い切る場面すらある。そこには、作品に意味を先回りして与えすぎないために、あえて説明を抑えているような態度も感じられます。意味を求めすぎる現代において、無意味なまま存在することは極めて難しい。色彩は軽やかで、モチーフにはどこかユーモアがあり、けれど単なる可愛さで終わらない。説明責任を過剰に背負わないように、面倒くさささえも自分の本質として引き受けること。そうした姿勢が、作品にポップな見た目だけでは捉えきれない、独特の硬度を与えているのかもしれません。

まだ活動の時間軸だけを見れば、決して長いキャリアではありません。それでもRYOTAさんの言葉には、寄り道や違和感、環境の変化をその都度引き受けながら、自分の表現を少しずつ見つけてきた人の強さがあります。どんな些細なことにも意味が求められる現代にあって、意味を急がず、でもクリエイティブは止めない。RYOTAさんは今日も家族と暮らし、生活をしながら色と形のあいだに新しい余白をつくり続けています。